京論壇2016公式ブログ

東京大学と北京大学の学生討論団体、京論壇の活動報告ブログです。

人口と発展分科会 議論進捗報告

 

 皆さんは「人口」という言葉を聞いたとき、何をイメージされるでしょうか。

 

 個人的には「人口ピラミッド」のイメージが思いつきます。小・中学生の頃から社会科の教科書等でよく目にしてきたあのグラフ。私はこの日本のつぼ型の人口ピラミッドを眺める時いつも、「この右側の20-24歳のバーのどこかに、私はいるのかぁ。」と、なんだか不思議な気分になるのです。

 

 人口問題と聞いて、今の日本では多くの人がこの人口構成の変化、つまり少子高齢化を思い浮かべるのではないでしょうか。人口の高齢化はつまり生産年齢人口割合の減少を意味し、このままだと日本の人口は支えられなくなっていく……。このまま日本で子どもが生まれなくなっていくのはまずい……。その結果社会において子育て支援の必要性が叫ばれ、政策としてもそれは打ち出されています。

 しかし、私たちの分科会の中には、政府が出産を奨励することにかなり違和感を持つというメンバーがいました。「国のためにこどもを産み育てるわけじゃないでしょ」と彼はいうわけです。

 

 一方で、政府が出産を奨励または抑制するということは、歴史の中で、そして現在も、様々な国で行われていると言えることでしょう。いびつな人口構成や、はたまた過剰な人口によって引き起こされる問題を回避・緩和するため、その目的自体はある意味正当化されうるものです。

 

 ですが、生命の誕生に関わり、本来個人的な決定であるはずの「出産」に政府が干渉することは、果たしてどこまで許されるのか。倫理観と社会の利益の対立がここに生じます。日本側のメンバーでの議論でもこの点については意見が分かれました。一人っ子政策下で生まれ育ち、これから二人っ子政策下で親世代になっていく中国側のメンバーたちがこれについてどんな考えを持っているのかということは、私たちにとって非常に興味が湧くところです。

 

「人口」はつまるところ一人ひとりの人間が集まって成り立っています。その一人ひとりの人間にはそれぞれの生活、人生があります。「人口」はそれらを一つに束ねて捉えている考え方とも言えるでしょう。そしてこの人間の集合としての「人口」のあり方がまた、一人ひとりの人間の生活、人生のあり方に影響を与えてくるということは否定できない事実です。このように人口問題といって連想されるトピックはどれも、一人ひとりのLifeにかかわる問題になってきます。

 

 世界トップの高齢化率を持つ日本。人口減少も既に始まっています。そして中国も今後こういったことが問題になる状況に向かっていくとされています。この分科会が前回担当したブログにもあったように、私たちは日本と中国のお互いの社会の状況の違いに留意しつつ、この人口減少と少子高齢化を日中両者の課題として扱っていきます。その際、人口減少と人口構成の変化の結果引き起こされる現象として、高齢化社会出生率の低下・労働力の減少という3つのトピックを用意しそれぞれ検討していく予定です。

 

 その際に私たちは、各トピックをマクロ・ミクロの視点それぞれから捉えることによって、議論を深められるのではないかと考えました。

 

 たとえば、労働力の減少について。労働力の減少は、国の経済的なプレゼンスの低下につながると一般に言われています。それは私たちにとって「好ましくない」ことかもしれません。けれども一方で、労働力の減少は失業率の低下や賃金の上昇、ブラックな職場環境の改善につながるともいわれています。この意味において、一労働者の視点に立つならば労働力減少は「好ましい」ことであるとも言えるのではないでしょうか。

 

 中国においては、豊富な低賃金労働力こそ「世界の工場」として経済発展を遂げてきたと言われてきたけれど、低賃金で働くのは具体的な中国人一人ひとりであることについてよく考える必要があります。「低賃金労働力たること」は中国人にとってこれからも維持されるべき強みなのでしょうか。それとも、やはり国全体の経済発展が大事なのか。ここにおいても、マクロの視点とミクロの視点での問題の見え方の違いが浮き彫りになってきます。

 

 また、労働力の不足は生産効率を上げるようなイノベーションを促進する原動力になるという議論もあります。こうなってくると、「労働力の減少は本当に“問題”なのか?」という疑問すら湧いてくるわけです。人工知能の導入などは、そのひとつの例かもしれません。

 

 最近よく耳にする「地方創生」というワード。この「地方創生」の背景の一つに、出生率の低い東京への人口集中が日本の少子化を加速させているという現実があります。都市への人口集中は日中がともに抱える問題です。中国では農村戸籍と都市の戸籍が厳密に分けられ、農村戸籍を持つ者は基本的に都市で社会保障をうけることができない制度になっています。

 

 では、日本において、育児にかかる費用等の観点で“子どもを育てやすい”と言われる地方に近い将来移住する(地元に戻る等)という選択肢は、私たちの目にどれくらい魅力的に映るものなのか。東大側の各メンバーの個人的な見解を共有した段階で、私たちの中では「自分のキャリアを優先したい(地方で大きなチャンスがあるのならば地方移住も魅力的な選択肢だけれど、現段階で積極的に移住したいとは思わない)」という傾向がみられました。むしろ、より子育てのしやすい環境があるといわれる欧州の国に移住しそこで働きたいという意見もありました。こういった傾向は私たちの分科会のメンバーの中でみられたものに過ぎず、必ずしも一般的なものとはいえません。しかし、社会全体をみる視点と個人の視点それぞれでの「好ましいこと」はズレていく可能性が十分にあるということです。

 

 こうした議論を踏まえて、我々は人口問題を切り口に、今後日本と中国の社会はどうなっていくのか、どうなっていくべきなのか(私たちの考える「発展」とは何なのか)ということを見つけるべく、1ヶ月後に迫った北京セッションに向けて、お互いの価値観を浮き彫りにできるようなクエスチョンを目下思案中です。

 

 この活動を通して、社会問題に直面した際に、色々な角度で問題をとらえ、より良いアプローチができるような力を身につけられればと思いますので、今後とも応援のことよろしくお願いいたします。

リーダーシップ分科会 議論進捗報告

 こんにちは。リーダーシップ分科会、教養学部国際関係論コース三年の新城真彦です。私が所属するリーダーシップ分科会では、国際社会のリーダーシップについて議論するにあたり、一週間に一回のペースで勉強会を開き、議論をしています。

 

 具体的な内容としては、アメリカの覇権はこれからも続くのか、民主主義はリーダーを選ぶのに適しているのか、経営的なリーダーシップからなにか学べるものはあるのかなど、多種多様な話題について議論の準備を進めています。

 

 先日、民主主義について議論した会では、舛添元都知事の辞任問題やイギリスのBrexitを踏まえて、民主主義は本当に正しいのかという議論が盛り上がりました。議論の結果、独裁制または寡頭制は政策実行力が強力であるが、政策の歯止めがかからずホロコーストや人権侵害を引き起こす可能性がある一方で、民主主義は実行力が弱いが最悪のことに陥る可能性が低いという結論にいたりました。

 

 ところが、考えてみると、かの悪名高いヒトラーも選挙で選ばれた議員からなる議会で、全権委任法を通過させ、独裁政権を築き上げました。国民の総意を反映させた結果、ナチスファシズム政権が誕生し、ドイツは甚大な被害を被りました。

 

 民主主義はより良い社会を作るのに必要な制度なのでしょうか?この点に関して、議論はまだまだ尽きません。

 

 このように、リーダーシップ分科会では、週に一回のレクチャーや議論を通じて、リーダーシップに関連することについての理解を深めて、北京セッションの準備をしています。

 毎回 、課題本を読んで、それにもとづいて議論するのですが、分科会のメンバーが本当に頭の切れる人ばかりで、ひしひしと自分の力不足を感じさせられます。

 

 国際社会のリーダーシップを誰がどう行使したら、「より良い」国際社会を目指すことができるのでしょうか。この難問を北京大学の人と議論することで相互理解を促進し、より良い国際社会の礎のささやかな一部分になれたらいいなと思います。 最後まで読んでくださりありがとうございました。今後とも京論壇へのご支援、ご協力をよろしくお願いします。

 

 

 

社会的正義分科会 議論進捗報告

正義に普遍性はあるのでしょうか。これはなかなか大きな問いです。西洋政治哲学の文脈では長らく論争が続けられ、未だに決着はついていません。 

一方で、この問いにあまりピンとこないという人もいるでしょう。日本語の「正義」と英語の「justice」は意味が異なるという話もあります。ここで問われているのは、公正の原理としての西洋的な意味での正義ですから、あまり実感がわかないかもしれません。この分科会の議論でも、そもそも「正義」とは何のことなのかについて、各人の認識の幅があることがわかりました。 

ただその一方で、この「普遍的正義」というのは場合によっては、非常に政治的なキーワードにもなりえます。一例をあげましょう。中国ではここ数年、「普遍的価値」(=自由や民主主義、人権など)を受け入れるのかどうかについて、せめぎ合いが続いています。2013年には、大学の教員に対して「普遍的価値」など7項目を教えてはいけないという通知が出された(「七不講」)という報道もありました。普遍とは異なる「中国的な価値」があるという考えが根強いのかもしれません。 

これを聞くと、日本の方は理解しがたいと感じるかもしれませんが、次の例の場合はいかがでしょうか。アメリカがアフガニスタンイラクで戦争を進めた論理として、それは「正義の戦争」なのである、というものがありました。これを考えると、「普遍的正義」という言葉に見え隠れする主観的ないし独善的なニュアンスも少しわかる気がします。 

 

この分科会で議論したいと考えているのは、まさに「普遍的正義」があるか、あるとすればそれは何か、という問題です。これは言い換えれば、西洋由来の「正義」という概念がアジアの国である日本や中国に当てはまるかという問いでもあります。僕自身は、個別の事例と向き合い、一人の個人として対話を行えば、一致できる点があるのではないか、という仮説を持っています。それが正しいかどうかは、分科会の議論を通じて明らかになっていくでしょう。 

「何が正義であるか」という抽象的な問いと、正義が問われるような具体的な事例を往復しながら、各人が持っている正義感は何か、それらがどう折り合えるか、ということを議論していく形式をとることに決まりました。また、「正義」は様々な文脈で出てきますが、どのような政治が望ましいかという判断基準としての正義が一番議論しやすいため、そこに絞ることにします。 

現在、正義が問われる具体的な事例として、2つ検討しています。一つは富の再分配の問題であり、もう一つは福島・沖縄の問題です。後者はわかりにくいと思うでの補足をすると、国策によって一部の地方が犠牲になるということをどう捉えるか、ということです。原子力発電所も米軍基地も、日本全体にとって必要なものであるとこれまで多くの人にみなされてきたにもかかわらず、その立地は特定の地方に集中しています。共通するのは危険施設であるため大都市近郊にはおけないために、地方に巨額の補助金と共に「押しつけ」るという構図です。(「押しつけ」かどうかは議論が分かれるところでしょう。)具体的な事例は今後もう少し増やしたほうがいいかもしれません。 

日本側のメンバーだけでまず議論してみるということを既に始めていて、それぞれの「正義」観が大きく異なっている点、意外と一致する点などが見つかり、今後の議論がさらに楽しみになる展開です。 

 

以下は個人的な感想ですが、議論を通じて考えたことで、他の分科会にも当てはまりそうなことを、2点書き記したいと思います。 

1点目は、過度な一般化には慎重であるべきだということです。日中の学生が議論するという形式上、どうしても「日本人は〜」「中国人は〜」という話になりがちです。しかし、日本人であるからといって果たしてどれだけ日本人のことを知っているのでしょうか?分科会メンバーの一人は子供の頃アメリカに長期間住んでいたために、ある時冗談で「日本の代表ではないね」という話になりました。しかし本当は誰も「日本の代表」ではないのです。僕は日本生まれの日本育ちですが、平均的な日本人像ないし、平均的な日本人の意見なるものがあるとすれば、それとは少なからず逸脱していると思います。しかし外交官として日本政府の見解を代表しているわけでもないので、それで何の問題もないでしょう。もちろん議論の結果、これはやはり日本人と中国人の差であるとしか考えられないということもあるでしょう。しかしそのような結論を出すことには極力慎重であるべきだと考えます。 

2点目は、専門的な議論になることを避けるべきでないということです。確かに学生同士の議論は学者による議論に及ぶべくもないし、それとは違った次元の議論をするというのは賢明な戦略ではあるでしょう。ただそのことが、専門的な事柄に禁欲的に触れないことであるかというと、それは全く異なることだと思います。専門的な知識は時に論点を明確化し議論を整理することに役立ちます。努めて専門的であるべきだとも思いませんが、議論の中で専門的な内容に突き当たったならば、それを回避したり曖昧に放置したりするのではなく、しっかり調べることが必要かと思われます。 

 

「正義」というのは表面的な事実認識の違いを超えた、根本的な価値観に関わってくるものです。それだけに却って折り合えない部分もあるかもしれませんが、そこを互いに理解しあうことは非常に大きな意味を持つでしょう。これから約1ヶ月間、更に内容を深めていって、有意義な議論ができるように努めていく所存です。 

分科会紹介 社会的正義分科会

京論壇2016社会的正義分科会の議長を務めます、公共政策大学院の馮月です。よろしくお願いします。 

活動が開始してから2ヶ月ほどで、少しずつ議論も軌道に乗っており、現在はフレームワーク作りを東大側のメンバーや北京側の議長と話し合っている段階です。今回のブログでは主に社会的正義分科会の議論内容の枠組みを紹介したいと思います。 

21世紀の資本論がベストセラーになった2015年、世界レベルで貧富格差の拡大と固定化が深刻化している中でこそ、両国の学生で平等、公正と正義の議論をやるべきだと考えます。 

早速ですが、あなたにとって正義とは何ですか。 

社会的正義分科会で輪読している教科書、サンデル教授の「これから正義の話をしょう」によると、正義を議論する際には3つの軸、幸福、自由、美徳を考える必要があります。ここで一番重要なのは、三つの軸が衝突する時にどれを優先するか、という問いに対するメンバーの意見が分かれた事実です。特に幸福の最大化を最優先して追求する最大幸福原理を掲げる功利主義、個人ひとり一人の自由を尊重する自由至上主義の対立派興味深いです。個人の権利と集団の利益は衝突する時にどっちを優先する方が正義なのか、大多数の幸せを選択する功利主義の個人権利の阻害はどの程度まで許せるのかを両国の学生間で議論しています。 

それに加え、すべての人を一様に扱うことが正義なのか、それとも人の本質的違いに応じて異なった扱いをするのが正義なのかについて議論を深めたいです。(公正&平等、どっちが正義か)

今考えている事例は累進課税の議論とマイノリティーの議論です。 ここで、この二つのケーススタディーについて紹介したいと思います。

 

1:累進課税は正義にかなっているか?負担能力に応じて負担するという点で正義にかなっているが、努力した人から多く徴収という点は不正義ではないだろうか?貧困は自己責任なのでしょうか。貧しい人に対する救済措置は、人道上、或いは治安対策上、正義とされるものなのでしょうか。リバタリアンの中心的主張は『どの人間も自由への基本的な権利、自ら所有するものを使って、自ら望むいかなることも行うことが許される権利を有するのだ』というものです。課税の正否を始め、最低賃金法の正否、福祉政策(国民皆年金&国民皆保険の正否)などを自由至上主義と功利主義を対比しながらメンバーの国家観と価値観を議論したいです。 

 

2:マイノリティー問題 

アファーマティブ・アクション( 過去から続く差別を是正するための、被差別者優遇の措置)をどう見るか? 

その他にも福島・沖縄の問題や中国の少数民族チベット問題を取り上げながら議論する予定です。 

 

以上のようなケースを用いて議論をしていく予定です。社会的正義分科会では各ケースの議論を通して日中の間に普遍的な正義は果たして存在するだろうか、西側が定義した普遍的正義は日本と中国でどれくらい適応するのかについて意見を交わし、メンバーのそれぞれの価値観と国家観の議論を実現したいと思います。 今後とも宜しくお願いします。 

 

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上が社会的正義分科会のメンバーです。

 

 

 

 

 

分科会紹介 人口と発展分科会

人口と発展分科会の議長を務めます、教養学部4年の川本大喜と申します。今回は、私たちの分科会について紹介したいと思います。

 

近年、日本では毎日のように少子高齢化について新聞やニュースで語られています。誰が高齢者を介護するのか?労働力としての移民を受け入れるべきか?出生率を上げるにはどうすればいいのか?など日本には人口問題をめぐる数多くの議論があります。2016年2月には「保育園落ちた日本死ね!!!」と題された匿名のブログが公開され、女性の社会進出と子育ての両立が困難な現状に対して活発な議論が巻き起こりました。

 

一方、中国も日本同様に人口に対して課題意識を持っています。2015年には、1979年以来続けてきた「一人っ子政策」の廃止を決断し、将来待ち構える少子高齢化社会を意識した対応を行ってきました。長年の一人っ子政策の結果として人口構成がいびつになった中国にとって、少子高齢化は避けては通れぬ課題になっています。

 

まさに少子高齢化社会の真っただ中にいる日本、そして、これから少子高齢化社会に突入していく中国。これら2つの国が抱える人口問題は、似ている点もあれば異なる点もあります。例えば、日本側のメンバーも北京側のメンバーも人口問題の解決策としての「移民」に関心を持っています。しかし北京側のメンバーと話をしてみたところ、彼らにとっての身近な移民問題とは、中国人の高所得者人口が国外へと移住していってしまうことだとわかりました。一方、東京側のメンバーにとっての移民問題とは、労働力不足を補うために、介護士や工場労働者として外から日本に来た移民とどう関わるかということでした。以上より、移民という一つのトピックをとってみても、日本と中国とでは問題意識が異なることがわかります。

 

私たちの分科会では、まず私たちの考える人口問題とは何かというところから議論をはじめ、その後人口問題が引きおこす、介護、労働力の減少、子育てなどの課題について議論をしていきたいと考えています。

 

さらに、この分科会では現在の人口問題についての議論にとどまらず、未来志向のもと「発展」とは何かというところまで話し合いたいと思います。人口問題への対応として、移民の受け入れ、介護の社会化、家族の役割の変化などが進んでいく中、我々はどのような「発展」を志向すべきかという点まで議論していきたいと思っています。

分科会紹介 リーダーシップ分科会

こんにちは。京論壇2016のブログに足を運んでくださり、どうもありがとうございます。 

本年『リーダーシップ分科会』の議長を務めます、教養学部国際関係論4年の鎌田みどりと申します。 

 

 リーダーシップ分科会では、個人的経験、国内社会、国際社会といった場面において、あるべきリーダーシップの姿を考えるとともに、個人、あるいは各国のリーダー観を問います。 

 北京大学東京大学に所属する一部の学生は、将来何らかの場面でリーダーシップを発揮するよう期待されているように感じます。私たちがこれまでの人生でリーダーとなったりリーダーを支えたりした経験から話を始めたいと思います。リーダーに求められるのは人徳か能力か、トップダウンボトムアップはどちらがよりよく機能するか、誰しも語りたいことがあるはずです。 

 

 続いて、国内社会における政治やビジネスといったコミュニティでのリーダーシップを扱います。これらの場所で私たちは現在、リーダーをサポートするメンバーであり、将来的にこの舞台で我々がリーダーシップを発揮することになると仮定すれば、下から、上から両方の視点を持つでしょう。 

 ビジネスの世界では、人材の多様化やグローバル競争などのトレンドがリーダーシップにどんな変化をもたらしているかなど、日中で学び合えることも多いでしょう。政治の面では、日本と中国の現在の社会を自分たちなりの視点で捉えつつ話したく思います。「決められる」リーダーというフレーズが魅力的に響く近年の日本、ネット社会や学生運動が強固な政治への下からの要求となる中国、どんなリーダーがなぜ求められるのでしょうか。またリーダーを選ぶプロセスについては、日本と異なる中国の体制についての理解や議論を深めるのはもちろんですが、一方で世界各国に目を転じれば民主主義とポピュリズムの境界が曖昧になる現実に、日本の学生も自らの問題として立ち向かわねばならないでしょう。 

 

 さらに、国際社会において、力の行使のみに頼らず各国に信頼されて支持を取り付け、世界を正しい方向に導いて行くという意味でのリーダーシップについて話せればと思っています。各国の利害がぶつかり合う国際社会において、それでも共有されるべき価値があると信ずるなら、国際的なリーダーはどう振る舞うべきでしょうか。成長著しい中国が国際的なリーダーシップを持つことになんとなく不安を覚える、アメリカのリーダーシップになんとなくの安心を覚える、「日本が世界でリーダーシップを発揮する」というフレーズになんとなくの空虚さを覚える。これら日本側が感じる「なんとなく」はなぜ生じ、なぜ中国のそれと食い違うのか。経済、開発、人権や法規範など多様な分野において、日本と中国がどんな強みを持ってどう振舞い、信頼をもとに国際社会を導いていくべきか。スケールの大きな議論でも、私たちなりの視点で語れればと思います。 

 

 こういった議論を通じて、最終的に今日あるべきリーダーシップの姿を探し求め、各国、そして個人のリーダー観を捉えていきたいというのが現在の展望です。しかしここまで日本側メンバーと一緒に本を読んだり議論したりしながら「中国の学生と話したら楽しいだろう」と思われる議論を考えてきたものの、北京側との擦り合わせや的確な問いのたて方などに悩む日々です。 

 北京セッション開始まで二ヶ月、優秀で個性的なメンバー5名とともに準備を進めていきます。中国という巨大で複雑な隣国について想像し、問い、考えること。それと同時に「知っているつもりの自分の国」日本に徹底的に向き合い、疑い、思考すること。この両方を心がけることで、より刺激的でよりナイーブな議論を通じて「内への発見」を達成し、「外への発信」に辿りつけるよう、励みたいと思います。 

 今後とも、京論壇2016への応援をよろしくお願いいたします。

メンバー紹介

みなさん、こんにちは。
暑い日が続きますね?

少し前後してしまいましたが、今回は本年度メンバーの自己紹介と京論壇への意気込みについてご紹介します。学年も所属もバラバラな個性溢れるメンバーです^^


経済学部金融学科3年の磯野凪沙です。
本年度代表をしております。金融学科という少し珍しい学科に所属しており、大学ではデリバティブ理論から、資本主義論まで幅広く学んでいます。
実は10年近くフィギュアスケートをしており、運動会に所属しているごりごりの体育会系だったりもします。朝練の後にミーティングだったり、試合の後に北京渡航だったり、日々体力との戦いです(笑)

京論壇の議論は専攻とも異なり、分科会での議論に参加した時は、毎度大変勉強になります。代表として先頭に立つことは大きな挑戦ですが、今年の京論壇は一味違うね、と言ってもらえるように、そして何よりメンバー全員が最高の議論を出来るように全力でサポートしていきます。

法学部第1類(私法コース)4年の幅上達矢です。昨年参加者としてサステナビリティ分科会に所属したのに引き続き、副代表として運営に携わっています。参加者から運営側に回ったことで、より様々な当団体の長所・短所が見えてきている毎日です。組織運営はいつでもどこでもチャレンジングなものですが、これからも京論壇の縁の下の力持ちとしてさらなる発展に貢献していきたいと考えています。

こんにちは、法学部第1類3年の福田真之です。副代表をしております。ジャンルを問わず音楽が大好きです!現在はこの団体の活動の傍ら、藤原ゼミという、国際政治のゼミの論文やら課題やらなんやらに追われていて、1日36時間にならないか毎日願ってます(°_°)
副代表であり、リーダーシップの参加者なので、妥協せず、しっかり議論できるように頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします。

法学部四年副代表の野本圭一郎です。
副代表をしております。主に社会的正義分科会につき、議論のアドバイス等をしていく予定です。白熱した議論ができたらいいなと心から思っているので、よろしくお願いします。

東京大学教養学部の川本大喜です。この度、人口と発展分科会の議長を務めます。私が京論壇に興味を持ったのは、私がずっと中国と縁のある日々を送ってきたからです。小学生、中学生の時期を中国で過ごし、大学でも日中関係を学んできた私にとって、京論壇は非常に魅力的な団体です。京論壇での議論を通じて、日本と中国についての理解をさらに深めていけるよう頑張っていきたいと思います。

公共政策大学院2年の馮月です。大学から日本へ留学しに来て今年は6年目になります。去年の京論壇の階層社会分科会の参加者であり、今年は社会的正義分科会の議長を務めます。京論壇以外に、国連インターンとHLABという国際交流学生団体にも参加しています。様々なバックグラウンドを持っている人と交流することがすごく好きで、議論する過程の中で自分のアイデンティティを確立することができると思います。

教養学部国際関係論コース4年の鎌田みどりといいます。国際法、国際政治を学ぶ他、歴史認識を始め東アジア地域に関心を持ってきました。サークル活動では英語演劇や英語スピーチをしたり、日中韓台の学生との議論をしたりした経験があります。他にも、カナダのトロント大学に一年間交換留学し、移民都市で学ぶ中で多様性や異文化コミュニケーションに関心を持つようになりました。京論壇では、優秀な学生と思いきり議論できるのを楽しみにしています!

東京大学法学部3年の中山貴文です。2年までは、学生団体や英語劇にのめりこんでいましたが、3年になってから勉強が忙しく大変です。
京論壇は先輩からのお誘いと、個人的に(90后と呼ばれる)中国の同年代の人々の考えへの興味から参加しました。他のメンバーは知識も豊富で論理的思考力が高く、日々刺激を受けています。知識面で追いつかない分、新しい視点を投げかけ、良い意味で議論を「かきまわす」役割を果たしていきたいと思っています。

法学部4年の木村元気です。ゼミで日本政治思想史を学び、交換留学で半年間ロシアに行ったりもしました。そのなかで頭を離れなかったのが、「非西洋の文明が、どうやって「普遍」たる西洋文明に向き合っていくのか」という問題だったように思います。
向き合い方は国それぞれですが、何と言っても中国という非西洋世界最大の大国を抜きにしてこれを議論することはできません。学生生活の集大成として、自分の問題意識を含め、北京大生と存分に議論してきたいと思います。

教養学部3年の比護遥です。
教養学部のアジア科で主に中国の政治や社会について学んでいます。伝統的な思想と西洋由来の概念が非常に複雑な形で絡み合っているのが中国の面白さです。「社会的正義」という分科会のテーマを切り口に、根底にある思想を探っていきたいと思います。

文科一類二年有元万結です。
自分が日本人であることを実感したく京論壇に入ったもののますます何か違うのではと実感させられている日々を過ごしてます。私は4歳から6歳をニューヨークで、9歳から12歳をメリーランドで過ごし、その間の期間も日本のインターに通っていました。英語の方が日本語より得意で好きで、高校ではクラリネットをふく傍ら模擬国連を、大学では英語ディベートをやっています。過去との折り合いもつかず将来の目標もまだ固まっておりませんが、二極化していた私の世界観を中国という異邦が壊してくれることを期待しています。よろしくお願いします。

国際関係論専攻、フランス地域研究副専攻なのに京論壇に参加させて頂いております、5年生(1年間のパリ政治学院への交換留学のため)の齋藤勇希です。サイトウユウキなのであだ名ハンカチです(もはや皆ピンと来ないかも…)。旅行と外国語学習とお風呂場でミスチルを大声で歌うのが趣味です。京論壇初参加、人口と発展分科会メンバーです。優秀な学生たちと熱く深く語り合って学生生活最後の良い思い出をつくりたいですね。

法学部3年生の林眞子です。最近は、迫り来る学部の試験勉強にヒーヒー言っているところです。趣味はアカペラで、週に1回仲間と集まって一緒に練習をする時間が心のオアシスになっています。京論壇では"人口と発展分科会"に所属しています。本格的な国際交流系の活動は今回が初めてで、京論壇への参加は自分にとって大きな大きなチャレンジです。英語力など不安なことも多いですが、尊敬できるメンバーに囲まれ大変刺激的!!体当たりで頑張っていきたいと思います。

法学部4年水垣舜一です。
新興国における社会制度の変化やイノベーションに関心があり、昨年9ヶ月間東アフリカにウガンダでITスタートアップの立上のお手伝いをした後、オランダに半年間留学していました。大学では、IDYF(International Development Youth Forum)の立上や運営、日本語の競技ディベートで移民政策や労働法制を議論してきましたが、京論壇ではこれまで挑戦してこなかった価値観を深掘りする議論ができることに期待しています。

教養学部4年三輪卓見です。
相関社会科学専攻で、歴史と記憶、オーラルストーリー、被爆証言と社会運動などが中心の関心テーマです。また幼少期から音楽やダンスがアイデンティティの大部分を占め、表現を通して成長し、多くの出会いに恵まれてきました。将来は、パフォーミングアーツを最大限生かす人材育成を目指します。地方出身者(宮崎市)として、人口構成の転換と今後の発展ビジョン創出は、切実なテーマであり、かつワクワクもします。ぜひ「次の時代の価値」を発信できるような分科会にしていきたいです。

教養学部4年の坂部能生です。
国際関係論を専攻しています。学生生活の最後にひと暴れしたくて、また、ずっと興味を持ってきた中国についてもっと知りたくて参加しています。頑張ります!

こんにちは
教養学部総合社会科学分科国際関係論コース3年の新城真彦です。
わたしはいまふとしたことでアメリカにいます。人生初めてのアメリカなのですが、スケールがいろいろ大きいだけでなく、本当に様々な人種がここで共生していることを実感させられています。日本でずっと暮らしてたら世界にはこんなにたくさんいろんな人がいるんだということは実感できないでしょう。

世界には様々な背景を持った人がたくさんいます。グローバル化が進む中で彼らは時に笑い、時に血を流しながら前に進むでしょう。
では、この状況の中でどうすればできるだけ流す血を減らし、ともに発展の礎を気づくことができるのか。その答えを京論壇で模索したいと思います。

はじめまして。東京大学文科一類二年の平田紗和子と申します。京論壇ではリーダーシップ分科会に所属しています。
 私は高校一年生で日中青年会議に参加し中国本土や香港の学生と議論して以来、日中関係に強い興味を持ってきました。大学では法律や政治、中国語を勉強しています。国際社会が激しく変動する中での日中両国の将来に興味があり、リーダーシップ分科会に所属することとなりました。京論壇ではこれまで興味があったことがたくさん議論できて、素晴らしい経験をさせていただいています。よろしくお願い致します。

大野昴紀です。現在、医学部健康総合科学科の3年生で、政治や経済とは全くかけ離れた分野にいますが、世の中を回す一番大切なものの一つをこれから社会人として世の中に貢献していくものとして深く学び、議論したいと思い、この度京論壇に参加させていただきました。自分は、多民族国家のカナダで生まれ育ち、他とは少し違った物事の視点や考え方を持っているかもしれませんが、この京論壇という場で自分の価値観をぶつけ、そして新しい価値観を吸収することで良い刺激をみんなと与え合獲ればと思っています。

以上、19名の賑やかなメンバーで本年度は活動して参ります!次回からは議長より分科会の紹介をしますので、ぜひそちらもご覧下さい!

京論壇2016